記事一覧

MB&F シーケンシャル EVOの驚異を生み出す超絶機構

レガシー・マシン シーケンシャル EVO クロノグラフの時計師であり組み立て師であるスティーブン・マクドネル(Stephen McDonnell)氏が、同僚のローガン・ベイカーと私とZoom越しに対話していた。世界で高い評価を受けるコンプリケーションのスペシャリストのひとりであるマクドネル氏に実際会うと(あるいは少なくともZoomを通じた疑似的な面会においては)、アイルランド出身で現在はベルファストを拠点に活動し、オックスフォード大学で神学を学んでおきながらニューヨーク・タイムズ紙のインタビューで “宗教的な要素が私にはまったくない”と語り、2015年に発売された恐ろしく複雑なレガシー・マシン パーペチュアル EVOを設計した人物そのままの印象を受けるだろう。言い換えれば、歯に衣着せぬアイルランド人の感情の激しさという決まり文句を当てはめるのは安直に過ぎるかもしれないが、思い当たるフシがあるのなら素直に受け入れるべきだ。

 マクドネル氏が時計全般、とりわけクロノグラフに対して強い思い入れを持っていると聞いても、さほど驚きはないだろう。シーケンシャル EVOの技術的・機械的な特徴をプレゼンテーションするなかで、彼は何度も重要なポイントを強調するために、まるでスクリーン越しに身を乗り出そうとしているように見えた。

 もしマクドネル氏がマックス・ブッサー(Max Büsser)氏に従来のクロノグラフに関する率直な意見を伝えることがなければ、シーケンシャル EVOはそもそも生まれていなかったかもしれない。

オメガスーパーコピーNランク代金引換「マックスにこれを売り込もうなんて、最初から考えていなかった」とマクドネル氏は語る。「マックスはいつも“MB&Fは秒針付きの時計なんて絶対つくらない、それはうちのスタイルじゃない”と言っていたからね。だからクロノグラフのアイデアはあったけど、まあMB&F向けのものにはならないだろうと思っていたんだ。2016年にドバイ・ウォッチ・ウィークのためにマックスと一緒にドバイにいたんだが、それはちょうどレガシー・マシン パーペチュアルカレンダーがGPHGのカレンダー部門で優勝した直後のことだった。私たちはドバイのビーチに座っていて、マックスが携帯電話を取り出して、手に入れたばかりのヴィンテージ懐中クロノグラフを見せてきたんだ。彼は本当にうれしそうで、大満足している様子だった。それで私は、“わかったよ、クロノグラフについて話したいんだろう”って言ったんだ。私は彼に、こういったクロノグラフはずっと同じで、技術的な欠陥や限られた機能があるだけのものだと説明した。100年以上も前からあるけれど、そのあいだに数えるほどの例外を除いては、ほとんど発展も変化もなくて、ずっと同じつくり方で、どれも似たり寄ったりの退屈な古いガラクタなんだよ、とね」

「だから私は彼に、ほかとはまったく違うクロノグラフのアイデアを思いついたと言ったんだ。それで秒針がないどころか、秒針を2本にしたというわけさ」


詳しいスペック、価格、ファーストインプレッションについては、ローガン・ベイカーによるMB&F LM シーケンシャル EVOのIntroducing記事をご覧いただきたい。

 マクドネル氏によれば、シーケンシャル EVOの基本的なインスピレーションは、カーレースでラップタイムを計測するために使われたストップウォッチ(ホイヤーやハンハルトなどが製造)から得たものだという。このマルチシーケンスタイマーと呼ばれる装置は、ラップボードの上部に複数のストップウォッチが並べて取り付けられており、ひとつの操作レバーですべてのストップウォッチを同時にコントロールする仕組みだった。

 レバーを押すとひとつのストップウォッチが止まると同時に、次のストップウォッチがスタートする。この仕組みにより、ストップウォッチをひとつ止めてから別のストップウォッチをスタートさせるよりもラップタイムをより正確に計測できた。とはいえ片腕に3本のストップウォッチを並べて装着するのは、実用的とはいえない。そこでツインバーター機構を搭載したシーケンシャル EVOが誕生した。ツインバーターは、単体のクロノグラフでは不可能(少なくともそれほど正確ではない)な経過時間の計測を可能にする仕組みだ。この機構は2時位置と10時位置にあるふたつのスタート/ストップボタンを押すことで、ふたつのクロノグラフを制御するコラムホイールをそれぞれ1段階進める動作を実現している。

どちらのクロノグラフも作動していない場合、両方がスタートする。
両方のクロノグラフが作動している場合、両方が停止する。
一方のクロノグラフが作動中でもう一方が停止している場合、9時位置のツインバータープッシャーを押すことで、作動中のクロノグラフが停止し、停止しているほうがスタートする。このようにツインバーターは、それぞれのクロノグラフの機能を反転させる仕組みを持つため、その名が付けられた。
ダイレクトドライブ: ダブルクロノグラフ機構
シーケンシャル EVOを理解するには、従来のクロノグラフの仕組みを知ることが役立つ(というより、不可欠だ)。垂直クラッチ式クロノグラフも水平クラッチ式クロノグラフも基本的な動作原理は同じである。香箱から数えて4番目に位置することから“4番車”と呼ばれる輪列の歯車は、1分間に1回転する。通常この4番車には出車が取り付けられており、出車が中間車を駆動する。クロノグラフが作動すると、中間車を介してムーブメント中央のクロノグラフ秒針が回転を始める。

Omega caliber 321
オメガ Cal.321。9時位置に出車(ムーブメントの4番車と同じ軸上に配置)があり、10時位置の中間車と連動して歯車を伝達し、これがムーブメント中央のクロノグラフ秒針を駆動する。コラムホイールは12時位置に配置されている。

 垂直クラッチ機構は水平クラッチと異なり、クルマのマニュアルトランスミッションに搭載されるクラッチとまったく同じ仕組みで動作する摩擦クラッチ板を使用している。垂直クラッチは基本的にバネ仕掛けのディスクで、時計が動作しているあいだは常に回転している。クロノグラフが停止しているあいだ、クラッチはレバーによってクロノグラフ秒針から切り離された状態になる。スタートボタンを押すことでレバーがクラッチを解放し、クラッチが秒針に接触して回転を開始する。

 垂直クラッチには、水平クラッチと比べていくつかの利点がある。ひとつ目はクロノグラフが停止しているあいだも垂直クラッチを駆動する歯車が常に動き続けているため、クロノグラフを作動させる際の追加負荷が最小限に抑えられることだ(クロノグラフを作動させると動き出すのは、垂直クラッチと分積算計を駆動する歯車だけである)。ふたつ目に、水平クラッチ式クロノグラフを作動させると、駆動歯車とクロノグラフ秒針の歯車の歯先同士が接触する場合があり、それによって秒針が一瞬ぎくしゃくすることがある点だ。これに対して垂直クラッチ式クロノグラフでは、摩擦による噛み合わせを採用しているためこうした問題は発生しない。一方で垂直クラッチの欠点としては美観が挙げられる。クロノグラフの輪列を支えるブリッジがムーブメントの上部に配置されているため、通常は垂直クラッチの動作を目視することができない。ただしシーケンシャル EVOではその動きを見ることができる。

垂直クラッチと水平クラッチ機構には、(仕様によるが)共通の問題がある。クロノグラフの輪列はマクドネル氏の言葉を借りれば“通常は(駆動輪列から)横に分岐している”ため、主ゼンマイのテンションがかかっていない。これによりクロノグラフが作動している際に、クロノグラフ秒針がふらつく傾向が生じる。その原因は、クロノグラフの歯車が回転するためには歯と歯のあいだにわずかな遊びが必要であり、遊びがないと歯車が噛み合って動かなくなるためである。この問題を防ぐべくほとんどのクロノグラフでは、クロノグラフ歯車の下にテンションスプリングを設置して歯車に適度な圧力を加え、秒針のふらつきを抑えている。この方法は間接センターセコンド機構が導入された際、時計メーカーが採用したものと同じ解決策である。

 テンションスプリングはひとつの問題を解決する一方で、新たな問題を生み出す。それは摩擦だ。テンションスプリングによる追加の摩擦は、クロノグラフを作動させた際にテンプの振角が低下する原因となり、その低下幅は最大で30°に達することがある。適切に調整された時計であればこの程度の低下は許容範囲内だ。しかしご想像のとおり、ふたつのクロノグラフを同時に作動させ、両方をひとつのテンプで制御している場合、振角の低下幅は最大60°にもなる。これは許容できない範囲に入る。

The MB&F Sequential EVO Chronograph movement
Photo by James K./@waitlisted

 マクドネル氏の解決策は、ふたつの独立した駆動輪列を採用し、それぞれを個別の香箱で駆動することだった。従来のように、駆動輪と中間車を介してクロノグラフの秒車に垂直クラッチを設けるのではなく、垂直クラッチを直接4番車に配置した。垂直クラッチのスイッチをオンにするとクラッチが4番車と連結され、クロノグラフ秒針が回転を始める仕組みである。

The MB&F Sequential EVO Chronograph diagram
時計回りに、INTERMEDIATE WHEEL(中間車)、COCK FOR VERTICAL CLUTCH(垂直クラッチ用の受け1)、BRIDGE FOR POWER RESERVE(パワーリザーブ用のブリッジ)、MAINSPRING BARREL(香箱)、COCK FOR VERTICAL CLUTCH(垂直クラッチ用の受け2)、MAINSPRING BARREL(香箱2)

 シーケンシャル EVOは、一見すると非常に複雑で取っつきにくい印象を受けるが、そのレイアウトは実は非常に論理的であり合理性を理解すれば簡単に把握できる。上の写真はムーブメントを裏側から見たものだ。12時位置と6時位置にあるふたつの大きな香箱がムーブメント全体の中心的な存在となっている。ムーブメントの3時から9時の水平軸に沿ってふたつの受け(時計職人の用語で、1点で固定されたブリッジ)が配置されており、これがふたつの垂直クラッチの下部ピボットを支えている。

The MB&F Sequential EVO Chronograph going train
時計回りに、MAINSPRING BARREL(香箱)、CENTER WHEEL(4番車)、THIRD WHEEL(3番車)、VERTICAL CLUTCH(垂直クラッチ)、INTERMEDIATE WHEEL(中間車)

ムーブメント上部のブリッジ(垂直クラッチのピボット用の受けを含む)を取り外すと、輪列の配置がよく見えるようになる。6時位置には香箱のひとつがあり、これが2番車を駆動する(通常の時計では、この歯車はムーブメントの中央に配置される)。2番車は3番車を駆動し、さらにそれが4番車(ここでは見えない)を駆動する。4番車は垂直クラッチと同軸上にあり、クロノグラフが作動すると、垂直クラッチ上の目に見える歯車が回転を始める。クロノグラフ秒針は垂直クラッチのピボット上に取り付けられており、垂直クラッチが回転を始めるとクロノグラフ秒針がダイヤル上を周回する仕組みだ。さらに垂直クラッチの回転によって中間車が駆動され、その中間車が分積算計の歯車を駆動する。中間車の直径が非常に大きいため、垂直クラッチの1分間の回転がクロノグラフ分針の30分間の回転に変換される。この仕組みにより、分積算計がクロノグラフ秒積算計とは独立した専用のインダイヤルを持つことができる(多くのクロノグラフでは、分積算計と時積算計は文字盤全体を占める秒積算計の“内側”に配置されている)。

中間車はマクドネル氏に非常に奇妙な問題を引き起こした。初期のプロトタイプでは、クロノグラフの日差が最大で10分も進んでいたのだ。通常、垂直クラッチがスリップする場合にはその逆の現象が起こる。つまりクロノグラフが計時輪列との同期を失い、時間が遅れるはずなのだ。しかしマクドネル氏は最終的に、この問題が中間車の素材に起因していることに気づいた。彼のプロトタイプでは、中間車がベリリウムブロンズ(銅とベリリウムの合金)でつくられていた。ちなみに、このベリリウムブロンズの合金であるグリュシデュールは、テンプに使用されることで広く知られている。

「ほとんどの場合、時計の輪列は完全に静止しているんだ」とマクドネル氏。「歯車が動くのは、テンプが脱進機のロックを解除して輪列を前進させるほんの一瞬だけ。つまりすべての歯車は非常に急激に加速し、そして同じように急激に停止することになる」。中間車の慣性は非常に大きかったため、クラッチが実際に前進方向へスリップしていた。しかしベリリウムブロンズの代わりにチタンで製造することで、この問題は最終的に解決された。またこれらの歯車は厚さがわずか0.15mmという非常に薄い設計になっている。その結果、チタン製の歯車はベリリウムブロンズ製のものに比べて慣性が5分の1に抑えられている。